【高齢者向け】戊辰戦争のクイズまとめ!会話も広がる歴史レクリエーション
戊辰戦争をクイズの題材として振り返ると、京都から北海道へと戦いの舞台が移り、幕末から明治へ向かう流れを一つずつ確かめられるところがおもしろいと感じます。
新政府軍と旧幕府側の人物やさまざまな組織など、問題にできる要素も豊富です。
正確な年号が分からなくても、歴史ドラマで見た場面や訪れた土地の記憶から答えを考えられるため、会話にもつなげやすいんですよね。
この記事では、高齢者の方向けに戊辰戦争クイズを紹介します。
レクリエーションで楽しく出題してみてください。
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【高齢者向け】戊辰戦争のクイズまとめ!会話も広がる歴史レクリエーション(1〜10)
江戸城を戦火から守るため、新政府軍の西郷隆盛と会談して降伏・開城を進めた人物は誰でしょう?
- 勝海舟
- 土方歳三
- 坂本龍馬
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勝海舟
勝海舟は新政府軍の西郷隆盛と会談し、江戸城の無血開城を取り決めました。これにより、江戸の町と多くの人々の命が戦火から守られました。
鳥羽・伏見の戦いで、会津に向かって逃れた、当時の旧幕府側の最高指導者は誰でしょう?
- 徳川慶喜
- 松平容保
- 勝海舟
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徳川慶喜
江戸幕府最後の将軍である徳川慶喜は、鳥羽・伏見の戦いで敗れると、会津藩主の松平容保らとともに軍艦に乗って大坂から江戸へ退却しました。その後、新政府に対して恭順の姿勢を示しました。
鳥羽・伏見の戦いで、朝廷(新政府軍)側が掲げた、官軍の印となる旗の色はどれでしょう?
- 錦の御旗
- 白地の日章旗
- 黒地の三つ葉葵旗
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錦の御旗
新政府軍が掲げた「錦の御旗(にしきのみはた)」は、赤地の錦(にしき)に金色の日輪(太陽)や銀色の月が描かれていました。この旗が掲げられたことで、自分たちが「朝敵(天皇の敵)」になることを恐れた旧幕府軍は、大きく士気を落としたと言われています。
【高齢者向け】戊辰戦争のクイズまとめ!会話も広がる歴史レクリエーション(11〜20)
兵部大輔(ひょうぶのたいふ)として戊辰戦争の作戦を主導した、長州出身の優れた軍略家は誰でしょう?
- 大村益次郎
- 西郷隆盛
- 木戸孝允
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大村益次郎
大村益次郎(おおむらますじろう)は、長州藩出身の医師・蘭学者であり、後に近代日本陸軍の創設者となった人物です。戊辰戦争では優れた戦術眼を発揮し、特に上野戦争での彰義隊討伐をわずか1日で終わらせたことで知られています。靖国神社の参道には彼の大きな銅像が建っています。
旧幕府艦隊を率いて、函館へと北上した中心人物は誰でしょう?
- 勝海舟
- 土方歳三
- 榎本武揚
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榎本武揚
榎本武揚(えのもとたけあき)は、旧幕府の海軍副総裁でした。新政府への軍艦の引き渡しを拒み、開陽丸などを率いて函館へ渡り、五稜郭で新政府軍と戦いました(箱館戦争)。戦後は許され、明治政府で大臣を歴任しました。
旧幕府軍が函館の五稜郭を中心に作った、日本で一時的に生まれた「共和国」の名前は何でしょう?
- 蝦夷共和国
- 琉球共和国
- 奥羽越共和国
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蝦夷共和国
榎本武揚を総裁とする旧幕府軍が箱館(現在の函館)を占領して樹立した政権は、一般的に「蝦夷共和国」と呼ばれます。日本で初めて選挙(入札)によって役職が決められたことでも知られています。
最期まで新政府軍に抵抗し銃弾に倒れた新選組の副長は誰でしょう?
- 近藤勇
- 沖田総司
- 土方歳三
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土方歳三
新選組の副長であった土方歳三は、局長の近藤勇が処刑された後も宇都宮、会津、そして北海道の箱館へと転戦し、最後まで旧幕府軍として戦い抜きました。明治2年(1869年)の箱館総攻撃の際、銃弾に倒れ壮絶な最期を遂げました。


